Hasta mañana! また明日

Hasta mañana(アスタ・マニャナ)=スペイン語で「また明日」という意味。


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時間は未来から流れる

 

時間の流れかたは過去から未来に流れているのではなく、未来から過去に流れているのだという考えを知った。

 

はじめは意味が分からなかったが、よく考えてみるとなるほどと思うことがいくつもあった。

 

未来からつながるできごと

オットと出会ったときのこと。

私のこれまでの人生は、この人と出会うためにあったのだと直観的に思ったことが挙げられる。

自分の趣味や興味関心の対象はオットとの共通点で、具体的には好きなスポーツや興味のある国・地域、趣味嗜好が一致していた。この人とこの話題で意気投合するために、私はそれらのことに興味を持って生きてきたんだと理解した。そして二人が出会ったとき、お互いを必要な存在であると認識するために、これまでの人生経験をしてきたんだと理解した。

 

また、仕事で自分が希望するポジションに付くチャンスが訪れたことも偶然ではなく、未来の出来事から必然的にそうなったとしか思えない。

「自分が希望するポジション」と言ったけれど、正しくはその席が空いたタイミングでたまたま私が社内のだれよりもそのポジションの仕事に興味を抱いただけだった。その分野に興味を持ったきっかけはオットとの会話からだったことは今でもよく覚えている。

そこでの経験や出会いを通じて、それまで当たり前だと思っていたことに疑問を抱くようになり、新たな気づきやアイデアを与えてくれた。考えかたや世界の捉えかたに多大な影響を受けた期間だった。そしてそこで出会った人たちからたくさんのことを教えてもらった。

 

そして、これまで親しくしてきた友人は海外に縁のある人が多かった。友人を訪ねて海外旅行をすることもよくあったが、私にとっての海外は非日常感を楽しむ場所であり、自分の努力で道を切り開いて海外で生きていこうと思うほどの強い意志はなかった。

しかしこれも不思議で、オットと出会ってからは海外で生きる人生を描くことが多くなった。そして今、私は日本にいない。

 

こうやってこれまでを振り返ってみると、人生で起こることは未来からつながっていて、未来にきっかけがあるのだと信じるられるようになった。

 

未来を受け入れて、今を生きる

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おそらく未来の私は、揺れる木の葉の隙間からこぼれる光を眺め、優しい声を聴きいるだろう。この情景は幼い日の記憶だけれども、未来を見せられていたような気もする。

 

このような穏やかな最期を迎えるために私は今を生きている。平和で和やかな空気と、美しい緑と、柔らかい光と、心を静める優しい声を求めて、人生を過ごしている。そのために自分が成すことは、未来から自然に流れてくるわけだから、泰然と受け止められるようにありたい。

 

スペイン語の ‘あさって’ は「過ぎた明日」

 

ところで、スペイン語では、あさって(明後日)のことを「pasado mañana」という。

 

pasado(過ぎた)mañana(明日)とは、なんとも不思議な時間感覚だと思っていたけど、未来から時間が流れるという考え知ってからはしっくりきた。

 

これからやってくる日ではなく、過ぎた明日なんだなぁ。

スペイン人やスペイン語圏の人々が陽気で今を楽しむ気質なのは、時は未来から流れてくるものだから今を受け入れて楽しむことが大切だと理解しているからなのかも知れない。

 

そんなことを思う今日この頃です。