Hasta mañana! また明日

Hasta mañana(アスタ・マニャナ)=スペイン語で「また明日」という意味。


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流行りであって信念がない環境活動の顛末

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イタリア ミラノのドォーモ(大聖堂)前に集まった若者たち。フェイスペイントをほどこし友達同士で楽しそうにたむろしている様子であった。

国連サミットで演説したグレタ・トゥーンベリさんと同世代であろう彼らが環境デモ活動を行う理由は、信念に基づく主張があるからではなく、流行りだからなのだと実感した。「みんながデモに行くからわたしも行かなくちゃ」。

 

その様子は微笑ましくもある一方で、デモの前後にファストフードを食べて腹を満たす彼らや、地球環境保護のプラカードを掲げながらもう片方の手にプラスチックカップのドリンクを持つ彼女らの姿は、大人の色々なイデオロギーにまみれて息苦しそうだった。

 

もちろん本人たちは流行りだから参加しているという意識ではなく、本気で地球環境の未来を憂いている側面もあるのだろう。

 

だけど、心・発言・行動が矛盾している状態は幸せではないと、私は知っている。

 

発言するなら行動を伴わせること。行動するなら本心で行うこと。

 

これらが一致すると主義になる。そうでなければ何かに流されている。

 

ちなみに私自身は地球「温暖化」ではなく「気候変動」が起きているのだという認識です。集中豪雨・記録的台風・極端な寒暖差・寒冷化・豪雪被害・乾燥による森林火災などは、「温暖化」だけでは語れない現象。そして二酸化酸素Co2の削減が気候変動に必要な対応なのかという点には懐疑的でもあります。Co2削減ビジネスで得するのはだれか?という考えが横切る。

 

一連の環境デモ活動を傍観していて意識の片隅に生まれたのは、もっと科学を理解しなければ、社会への活かし方のストーリーは描けないな、ということ。人生まだまだ勉強が必要。

 

好奇心がおもむくままに、科学に関する本や情報に触れていきたいなと思う今日この頃。